大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和52年(う)1961号 判決 1978年9月11日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月に処する。

原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井上正治、同丸井英弘、同榎本壽、同田村公一共同作成名義の控訴趣意書、控訴趣意書補充書(一)及び控訴趣意補充書(二)に各記載されているとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検事中川秀作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、ここに、これらを引用する。

控訴趣意第二、控訴趣意補充(二)について、

所論は、要するに、大麻が仮りに人体に有害であるとしても、それは多量に摂取する場合に限られるのに、原判決は、あらゆる場合に人体に有害であるとし、かつ、本件は、被告人が個人的使用目的のために少量を所持した場合であるのに、大麻取締法二四条の二第一号、三条一項を適用して被告人に懲役刑を科したのは、個人の自由及び幸福追求権を保障した憲法一三条に違反するとともに、特例の場合を通例であるとし、しかも懲役刑のみで処罰することは残虐な刑罰を科することとなり、憲法三一条にも違反するものであつて、結局原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈・適用の誤りがある、というのである。

そこで先ず大麻が人体に有害であるかどうかの点について検討してみると、原判決がその点について詳細説示判断するところは首肯できるのであり、当審における事実調べの結果に徴しても大麻の少量の摂取が所論の如く心身の健康に無害であるとまで断ずるに足りる明白な証拠はない。

かえつて、当審における鑑定人兼証人植木昭和、同西岡五夫の各供述によれば、大麻は、通常、幻覚剤の範ちゆうに入る精神異常誘発物質であるテトラヒドロカンナビノール(THC)をその活性成分として含有し、人体に有害であるとの認識が科学者の間に一般的であり、THCを含む大麻(以下大麻というときにはこの意味で用いる)を摂取した場合、個体差や、摂取時の気分、環境、期待感等によつてその効果は異るけれども、比較的少量でも、視覚認識、時間感覚、距離感覚の変化、思考、感情の障害、被暗示性の増強、音感の鋭敏化等精神機能に障害が起り得ること、そのため自動車の運転が危険になること、大量摂取の場合には、通例、幻覚、錯覚、妄想等を主とする急性中毒症状が見られ、時には、せん妄、見当識障害、著明な意識のくもり等の中毒性精神病の様相を呈することがあり、感受性の強い人の場合には、大麻タバコ一本の吸煙というような少量の摂取の後にも、急性中毒類似の症状が起ること、大麻には耐性と軽度の精神的依存性があること、が認められ、原判決がその内容を摘記するWHOテクニカル・リポート・シリーズ四七八号「大麻の使用」(昭和五二年押第七〇二号の九)マリフアナ及び薬物濫用に関する国家委員会第一報告書「マリフアナ・誤解の兆」(同号の八)にも大麻使用の効果に関してほぼ同様の記載があり、以上によれば、大麻の薬理作用及びその人体に対する影響については、殊に長期摂取の場合の効果につき、未だ十分に解明されていず、むしろ今後の研究にまつべきところが多いが、その比較的少量の摂取によつても、前記のような複雑な精神機能の障害、自動車運転能力の低下が生じ得るし、更に、感受性の強い人の場合には、大量摂取の場合と同様の幻覚等を主とする急性中毒類似の症状が起ること、及び、大麻には耐性と軽度の精神的依存性のあることが認められる。

科学者の間にこのような共通の認識があり、大麻の少量の摂取が所論の如く当該個人及び社会に無害であるとまで断定するに足りる明白な根拠がない以上、大麻の所持のすべての場合を罰則を備えて法律で禁止したからといつて立法当否の問題は格別として、その法律が憲法一三条に違反するといいきることはできない。所論の前提が未だ採るを得ないものである以上原判決には所論のような憲法違反の誤りはない。

そして、このように大麻の有害性が肯定される以上、大麻の所持、使用等のどの範囲に法的規制を加え、それにどのような刑罰を以て臨むかは、原則として立法政策の問題であり、立法の権限に属する事項というべきであり、大麻に従来考えられて来た程の強い有害性がないと認識されるに至つた現在、現行法が、個人的使用目的のための大麻の少量の所持についても選択刑としての罰金刑を認めず(昭和三八年法律第一〇八号により廃止)、五年以下の懲役刑のみという比較的きびしい刑罰を以て禁止することが刑事立法として賢明であるか否かについては見解のわかれるところではあろうが、刑量の幅の広いことをも考えると、少なくとも、それが不合理な程重い、あるいは不均衡に重い残虐な刑罰を定めたものとはいえず、原判示大麻樹脂の所持につき、原判決が被告人を原判示懲役刑に処したことが、被告人に残虐な刑罰を科したことにはならない。原判決には所論のような憲法違反の誤りはない。

論旨は理由がない。

控訴趣意第三、控訴趣意補充(一)について、

所論は、要するに、原判決は、大麻よりむしろ人体に有害であるアルコール及びタバコの摂取に対する規制は緩やかに行われているにもかかわらず、大麻について無害な少量の使用やそれに付随する所持までも禁止し、その違反者に対し懲役刑を科する大麻取締法を適用して被告人を処罰したことは、不合理な差別であつて、憲法一四条一項に違反するものであり、結局原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈・適用の誤りがある、というのである。

大麻の比較的少量の所持も有害というべく、現行法の処罰規定に合理的な基礎が存することは、すでに見た通りである。そして、アルコールあるいはタバコが大麻より有害であるか否かは比較するに困難なことがらであるが、仮りにそうであるとしても、立法者は、必ずしもその害の程度に応じて規制をしなければならないものではなく、いろいろの事情を考えて、そのいずれにいかなる程度の規制を加えるかは原則としてその裁量範囲に属することであり、社会的効用のある嗜好品として吾人の社会生活に定着しているか否か、人体への作用、殊に長期にわたる摂取の効果がよく知られているか否か、取締りの難易、効果等の諸点を考慮すれば、現行法が、アルコールとタバコに緩やかな規制を加え、大麻に対して比較的きびしい刑罰を以てその所持等を禁止していることは、恣意的な規制ではなく、不合理な差別であるということはできない。原判決が大麻取締法を適用して被告人を懲役刑に処したことは、何ら憲法一四条一項に違反しない。原判決には、所論のような憲法違反の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第四について、

所論は、要するに、大麻取締法三条一項の規定する所持には、本件のごとき単なる個人的目的のためにする少量の所持は含まれないか、又はそのような所持には可罰的違法性がないのに、原判決が、同法二四条の二第一号、三条一項を適用して被告人を処罰したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈・適用の誤りがある、というのである。

個人的使用目的のための大麻の少量の所持を処罰することに合理的基礎の存することは、すでに見た通りであり、所論は既にその前提において採るを得ないところであり、現行法がこれを処罰の対象から除外していると解することはできないし、原判示大麻所持が可罰的違法性なしとも考えられない。原判決には所論のような法令の解釈・適用の誤りはない。論旨は理由がない。

(なお、井上弁護人主張の捜査の違法性については、本件が麻薬取締官の仕組んだわなによるものであると認定することはできないので職権発動の対象とならない。)

しかし、職権をもつて調査し、記録並びに原裁判所が取り調べた証拠及び当審における事実の取調べの結果を参しやくして検討すると、本件は、被告人が、大麻樹脂1.9693グラムを所持した大麻取締法違反の事案であつて、被告人には同種前科二件(大麻畠で大麻二〇キログラムを窃取し、かつこれを所持した事案で、昭和四七年一〇月一四日懲役一年二月執行猶予三年に、自宅で大麻草三株を栽培した事案で昭和四九年一月二一日懲役六月保護観察付執行猶予四年に、それぞれ処せられた)があるのに、又もや本件犯行に及んだもので、その犯情は芳しくないが、大麻に従来考えられて来た程の強い有害性がないと認識されるに至つていること、本件で所持した大麻樹脂が少量であること、被告人は原審で長期間にわたつて勾留されていること、昭和五三年一月七日前記懲役六月保護観察付執行猶予四年の刑の執行猶予を取り消され現在右刑の執行を受けていること、被告人が若年であること、等被告人に有利な又は同情すべき事情を考慮すると原審の量刑は不当に重いと認められる。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件につき更に判決する。

原判決が認定した事実に原判決と同一の法令を適用した刑期の範囲内で被告人を懲役五月に処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、原審及び当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 金子仙太郎 下村幸雄)

<参考・第一審判決>――――――――

(東京地裁昭五一特(わ)第一四一五号、大麻取締法違反被告事件、昭52.7.28刑事第二一部一係判決)

〔主文〕

被告人を懲役六月に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

〔理由〕

(罪となるべき事実)

被告人は、大麻取扱者でないのに、昭和五一年五月二五日、長野県塩尻市大字宗賀桔梗ケ原七一の八六の被告人方において、大麻である大麻樹脂1.9693グラム(押収してある大麻樹脂一袋、昭和五一年押第二、四三八号の一、はその一部)を所持したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)<省略>

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、1大麻は人体に対し有益であつても有害とはいえないので大麻取締法は憲法一三条、三一条に違反する(大麻の吸引の自由は幸福追求権の一つであつて憲法一三条の保障する基本的人権に含まれるものと解すべきである。)、2大麻を個人的目的のために少量所持していることを懲役刑で処罰することは憲法一三条、三一条に違反する、3大麻よりはるかに人体に有害であるタバコ及びアルコールの摂取がなんら禁止されていないにもかかわらず、大麻の吸引のみを禁止し、その違反者に対して刑事罰を課することは大麻の吸引者、愛好者に対する不合理な差別であつて憲法一四条に違反する、4少量の大麻の単純所持は大麻取締法に規定してある所持ではなく可罰的違法性を有しない、と主張している。

まず、大麻の人体に対する影響を検討するに、WHOテクニカル・リポート・シリーズ四七八号「大麻の使用」(昭和五一年押第二、四三八号の九、証人小林司の当公判廷における供述によれば同証人はこの文献を大麻に関する現在最も信頼しうる資料であるとする。)には、大麻の人体に対する影響につき次のような記載がある。

1 大麻を摂取したあとの症状は、摂取量によつても、またその状況、期待感及び摂取者の性格によつても影響されるが、一回の摂取量を増やすにつれて、イ弱い多幸感を起す、ロある程度の知覚や感覚の変化を起す、ハ著しい感覚の変容、離人化(自我喪失)、認識喪失、幻視及び幻聴がみられ、これらの症状がおさまると次に鎮静と睡眠が起るとされている。身体的徴候としては多くはなく、結膜の充血、筋力の減少及び脈搏数の増加がみられる。大麻は認識能力に有意な障害を起し、その程度は摂取量の増大又は作業の複雑化にともなつて、或いはその双方が重なることにより増大する。

2 大麻を大量に摂取した場合、通例急性中毒症状がみられ、主にみられるのは偏執思考、錯覚、幻覚、人格喪失、妄想、混乱、精神不安定及び興奮である。時にはせん妄、見当識障害、著明な意識のくもりなどの中毒性精神病の様相を呈することもある。これらの急性症状は一時的なもので、殆んどの場合二〜三時間で消失するが数日間続くこともある。急性中毒類似の症状は――特に「不慣れな」者の場合――大麻タバコ一本の吸煙というような比較的少量の摂取の後にもみられる。

3 大麻の耐性については、大量の使用者については耐性が形成されるとする報告があるが、なお、今後の研究にまたなければならない。身体的依存はないとされているが、ある程度禁断症状の可能性のある現象についての報告はいくつかみられる。精神的依存については規則的に(殆んど毎日)大麻を使用する者や、それ程ではなくても比較的「重い」大麻使用者の多くには精神的依存があるが、ごくたまに使用する者の大多数については精神的依存はないとされている。

次に「マリフアナ・誤解の兆」(マリフアナ及び薬物濫用に関する国家委員会第一報告書、前同号の八、証人小林司の当公判廷における供述によれば、同証人はこの文献を前記WHOのレポートに次いで信頼性の高い資料であるとする。)には次のような記載がある。

1 大麻の使用後間もなく生ずる効果としては、少量使用の場合、幸福感の増大を経験する。すなわち最初落ち着きのない陽気な気持に続いて夢のようなのん気な弛緩状態を生ずる。空間と時間の拡大を含む知覚の変化、触覚、視覚、味覚及び音感の鋭敏化、食欲特に甘味に対する欲求を生じ、思考形成と表現に鋭敏な変化を生ずる。より量の多い中程度の使用の場合、これらの反応は強められ、使用者は情緒の急激な変化、感覚的心像の変化、注意力の鈍麻、思考の断片化、想像の飛躍、直接記憶力の減退、連想の混乱といつた思考の形成及びその表現のより急激な変化を経験する。より多量の使用の場合精神異常の発現が起り得るが、これらの中には物体表象の歪み、離人感、感覚的、精神的錯覚、幻覚などを含む。

2 実験的或いは断続的使用者の場合、精神的依存は殆んど或いは全く生じない。器官障害は証明されていない。中程度の使用者のある者については、使用期間が長びくと強さが増大する精神依存が立証される。行動に及ぼす影響は安定した性格の人には少なく、情緒的不安定の人の場合は大きい。長期間にわたり持続的に使用すると大量使用へ移行する可能性を含め行動的及び器質的結果を生ずる確率が増加する。大量使用者の場合は精神的依存性を示す。器官の障害、特に肺機能の低下の可能性がある。特殊の行動的変化を認めることができる。

大麻の薬理作用及びその人体に対する影響については、長期間に使用した場合の影響、遺伝的影響等を含めて今後の研究にまつべきところが少くないが、前記各資料によつても、大麻が精神薬理作用を有し、その使用者個人に対する影響をみても、これを多量に使用するときは単なる感覚、知覚の変化にとどまらず、幻覚、妄想等を起し、時として中毒性精神異常状態を生ずることがあり、大麻の使用経験の浅い使用者については類似の症状が少量の使用によつても生じうることが明らかにされているのである。このような点からすれば大麻が人体に有害であることは明らかであり、(大麻の規制につき、これを緩和する方向を打ち出したアメリカの前記マリフアナ及び薬物濫用に関する国家委員会においても、大麻の使用が望ましくないものでありこれを社会的に抑制すべきであるとする点については全部の委員が合意しているのである。)、国が国民の福祉・衛生上の見地から大麻の栽培、輸出入、所持等につき法的規制を加え、これに違反した者に対し、刑罰を以て臨むことも当然許されるのであつて、これらの規制が憲法一三条、三一条に違反するものでないことは明らかである。

次にこのように大麻の有害性が肯定される以上、かかる大麻の栽培、輸出入、所持、販売、使用等のどの範囲に法的規制を加え、それに如何なる刑罰を以て臨むかは、原則として立法政策の問題であると考えられる。

なお、アメリカにおいて前記マリフアナ及び薬物濫用に関する国家委員会は、大麻の個人的使用及びこれに付随する所持に対する刑罰を廃止する(ただし公の場での使用に対しては州レベルで罰金を科す)ことを勧告しており、この勧告が実現されつつあることは事実であるが、アメリカにおいてこのような勧告がなされたのは、大麻にこれまで考えられてきたほどの強い有害性がないと考えられるようになつたこともその原因の一つであろうが、右国家委員会報告書によれば、アメリカにおいては大麻の使用者が急激に増加し、大麻の経験者が二四〇〇万人を数えるに至つたため、大麻に対する社会一般の態度に大きな変化を生ずるに至つたこと、これまでと同じ厳格な規制を継続するとすればきわめて大量の犯罪者を生み出すことになり、その取締に要する労力や費用も莫大なものとなるが、果してそのような莫大な労力や費用に値するものかどうかが反省されたことなどが大きな原因となつていることは否定できないところである。我が国においては、近時大麻の使用が増加の傾向にあるとはいえ、その使用人口はごくわずかであると推認され(証人山口茂昭の当公判廷における供述によれば、昭和五一年における大麻取締法違反事件の検挙人員は九六〇名で、このうち約半数が外国人である。)、大麻に対する社会の態度もアメリカと異なり厳しいものがあると考えられるのであつて、アメリカの場合と全くその事情を異にするのであるから、わが国において個人的使用目的のための大麻の所持が懲役刑を以て禁止されていることが不合理であるとはいえない(また、現行法の定める五年以下の懲役という法定刑においても、下限は一月であり、更に酌量減軽を加えれば下限を一五日にまで下げることができ、かつ、その要件を充すときは執行猶予を付することも可能なのであるから、その刑が不均衡に重いとはいえない。)。結局、この点に関する弁護人らの主張も採用できない。

また、弁護人らは、アルコール及び煙草との比較から憲法一四条違反をいうが、アルコール及び煙草についてもこれを多量に使用するときは有害であることは医学常識であり、近時その弊害の重大さが認識されてきているが、これらの物はわが国の社会において嗜好品として長年月にわたつて用いられ定着して来たものであつて、それの持つ社会的効用をも考慮すると、国民健康上の見地のみから直ちにこれを禁止することができないことは明らかであつて、そうだからといつて大麻の使用を禁止することが不合理であるとはいえない。この点に関する弁護人らの主張も採用できない。

最後に、弁護人らは、大麻取締法の規定する所持には個人的目的のためにする少量の所持は含まれない。或はこのような所持は可罰的違法性はないと主張するが、大麻取締法の規定を弁護人ら主張のように限定して解釈しなければならない合理的な理由はない。この点に関する弁護人らの主張も採用できない。

よつて、主文のとおり判決する。

(小田健司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例